土佐派ネットワ−クス・淡路島へ瓦の研修 






瓦の風景に魅せられて        

 学生時代、幾度となく京都を訪れた。特に雨の日は、瓦や石畳が鈍く光り、京都らしい風情に出会うことができる。瓦の独特の陰影がつくる静けさは、屋根というものが一枚一枚の瓦で構成されているという事実を忘れさせ、同時にその存在感は見る者の心に深い印象を与える。それは緊張感に満ちた妥協を許さない職人本来の仕事である。

高知でも仕事を通じて、いろいろな場面で、高知の建築文化に触れる機会に恵まれた。それは、学校に居ては決して知ることは無かった職人の世界である。瓦に限らず、土佐漆喰や土佐和紙、そして木。高知で仕事をしなければ決して出会うことはなかったに違いない。素材への興味よりも、極みへと探求の歩みを止めようとしない職人の生き様に興味があった。その人の生き方、仕事に対する姿勢、信念、そうした目に見えない何かを掴もうと職人たちの現場の空気に触れることに胸を躍らせた。仕事の話だけではなく、若かりし修行時代や失敗談、全てが新鮮だった。先行きの見えない不安定な時代の中で、自分自身が何を拠り所とし、先への歩みとするのか、その手がかりが語られる言葉の端々に感じられた。

 今もまだ旅の途中であり、今回の淡路の現場を訪れるのも、瓦自体の見聞を深めるだけでなく、その向こうにいる「人」を知りたいという欲求から始まった。西淡を訪れたのは今回が初めてだったが、視界に入ってくるもののほとんどに瓦が使われ、住宅はもちろん、公民館や倉庫、さらにはスーパーまでもが瓦屋根であり、特に、瓦の橋は印象的だった。やはり、この地で生活している人たちにとっては、瓦のある風景が当たり前の日常であり、瓦なしにして語ることはできない。

討論会でその真意が分かったが、なんと、住人の希望する屋根のほとんどは瓦屋根であり、金属屋根などは皆無であるらしい。瓦屋根の家は、奨励金がいくらか出るようだが、それが理由となっているよりは、むしろ、皆が瓦が好きだからと考えるほうが納得いく。実際に、瓦を造っている野水瓦産業株式会社の方たちも、自分の家にはどんな瓦を葺きたいかとの問いに対して、それぞれが明確なイメージを持ち、こだわりがあることが実感できた。

生産者から、それを活用する瓦師、そして、瓦のある風景の中で生活する人たちみなの心の中に瓦があるのだろう、とそのとき感じられた。

 野水瓦産業の敷地内には、瓦を葺いた平屋建ての社屋が建っている。聞いてみれば外壁の漆喰は久住章氏の手によるものだという。建てられて20年余りが経つようだが、その彫塑的な壁面は、見るものの心を奪う力がある。何の変哲も無い矩形の建物だが、瓦葺きの美しさや、壁面は、訴えかける何かがある。海に近いせいで、瓦の一部は、塩の影響を受けていたが、その劣化の仕方も屋根の表情に時の経過を思わせ、趣のある姿を呈していた。岐路の道中に寄った、瓦ギャラリーも空間自体が“遊び”に満ち、随所に久住氏の業が目に飛び込んでくる魅力的なものだった。


                                   野水瓦産業株式会社 社屋


もう一人の“遊び人”、山田脩二氏も瓦に魅せされた一人である。カメラマンから一転し今では“カワラマン”として、だるま釜を用いた伝統的な方法で瓦を焼いている異端の瓦師である。だるま釜で瓦を焼くことは、全てを手作業で行い、少しの気の緩みが瓦の質に影響を与えるため、覚悟を持って火入れに臨まければいけない。ひと昔前までは、山田氏のだるま釜がある地区では、200を超えるだるま釜があり、瓦を焼成する際に出る黒煙は地区の風景だったようである。生産性や環境面から廃止する釜が相次ぎ、今や全国で二基しかなく、山田氏の釜はそのうちの一つという大変稀少なものだ。だるま釜内は場所によって圧力や火力が不均一のため、一つとして同じものはない。


 山田氏はもう70を過ぎるがその表情たるや険しいものがあり、独特の緊張感を湛えている。語られる言葉一つ一つに淀みがなく、風貌もそうだが、仙人のような人である。


                            だるま釜の前で話をする山田脩二氏


 淡路瓦の生産元を訪ね、生活を見、職人を知り、皆が瓦を一つの拠り所としてつながっているような印象を受けた。その確かな手ごたえ、誇りというものが、風景として現れているのではないかという気さえした。世の動きは、職人を育てるという点で、何かが欠けている。経済至上主義の名の下に、一つ一つ伝統的な町並みが失われていることは確かであり、瓦に限らず職人の業を敬愛する一人としてできることは何か、と思いを新たにした。


「守破離」 ― 伝統を守るだけではなく、それを新たに発展させていくことに未来があるとすれば、歩みを止めるという思考は存在しない。



    アクシス建築研究所  深田 佳樹





Welcome to my Homepage  
Copyright (C) 2008 Norio Ota. All Rights Reserved.
http://aa-axis.com/
e-mail : axis@view.ocn.ne.jp

 高知県・設計事務所・建築・住宅・住まい・家造り・土佐派の家・アクシス建築研究所・住宅設計のノウハウ!